ピカチュウを殴る。
ドガッ
「ぴっきゃあぁっ!!」
部屋の壁に叩きつけられたピカチュウは、涙目で頭をさすり、苦痛の表情を顕にする。
しかし、すぐに笑顔になり、俺の足元にすり寄ってくる。
「ぴかぁ・・・ちゃあ~♪」スリ…スリ…
「うぜぇんだよ!」
苛立ちを覚え、今度は腹を思い切り蹴飛ばす。
「びがっちゃぁぁ!」
微かに、柔らかな感触が脚に伝わってくる。ピカチュウが本棚に激突し、本の土砂崩れが起きる。
ピカチュウは本の山から身体を起こし、元通りの位置に本を片付ける。
そして、何事も無かったかのように、俺の元へと笑顔で歩み寄り、愛おしそうに頬をすり寄せる。
「ぴっかぴ~♪ちゃ~♪」スリスリ…
【ピカチュウ、病んでまチュウ!】このピカチュウとの出会いは、一ヶ月ほど前───。
俺は久々の休日ということで、近くの公園を散歩していた。
ベンチに腰掛けて本を読んでいると、後方の草むらから、ポケモンの激しい鳴き声が聞こえてきたのだ。
振り返ると、一匹のイーブイと、2匹のオスとメスのピカチュウが睨み合っていた。
オスのピカチュウはメスのピカチュウを守る形で、イーブイと戦っていた。
(と言っても体当たりをするか、尻尾を振るかのショボイ戦いだったが)
イーブイはオスピカに比べ、僅かに押され気味だった。しかし、バトルは予想外の展開を迎えた。
イーブイはメスだったようで、オスピカに向かって「メロメロ」を使った。
するとオスピカの態度が急変した。なんと、オスピカはイーブイに惚れてしまったのだ。
「ピッカァ~・・・
ピッカピカァー!
」
「ぶーいっ
ぶいぶい~
」
オスピカとイーブイは頬をすり寄せ、メスピカを置いて、草むらの奥へと立ち去ろうとした。
その時のショックを受けるメスピカの表情と言ったら、凄まじい絶望感に満ちていた。
「ぴっかぴかぁ!?ちゅうぅーっ!?」
涙目でオスピカに駆け寄るメスピカ。
「ピガピッ!ヂュウゥ!!」バキッ
駆け寄ってきたメスピカに拳を振るい、払いのけるオスピカ。なんてクズ野朗だ…。
結局、イーブイとオスピカは、ラブラブな様子でどこかへ去っていってしまった。
「ちゃあぁぁ~・・・ちゅううぅぅぅ・・・」シク…シク…
俺は、オスピカに捨てられた悲しみで泣きじゃくるメスピカを、モンボで捕獲し、家へ持ち帰った。
同情し、飼育するために捕まえたのではない。ポケモンの虐待に興味があったから捕まえたのだ。
日常的にポケモンを虐待している友人から聞いた話では、ポケモンを殴ったときの泣き声や表情は、とてつもない快感を味わえるのだという。
絶望に打ちひしがれたメスピカを、更に虐待して痛めつけるのはさぞかし快感だろう。仕事で溜まりに溜まったストレスを発散させてやる。
俺は家で、メスピカを暴力的に虐待しまくった・・・。
しかし、俺は虐待による快感を味わうことができなかった。
どんなに殴っても、どんなに蹴っても、メスピカは笑顔のままで、俺に懐っこく接してきやがるのだ。
侮蔑の言葉を浴びせ、まともな餌を与えなくとも、奴はめげることなく、俺に友好的な態度をとってきた。
・・・こんなことがあるのだろうか?
俺の推測では、恐らく、メスピカの精神は、オスピカに捨てられたあの時から『壊れて』しまったのだ。
稀なケースではあるが、人間は、幼い頃から父母に虐待され、精神に異常を来すと「この親から虐待されることが自分の存在意義であり、この親の虐待が無ければ、自分の価値は無くなってしまう」と勘違いすることがあるらしい。
それにより、虐待されるたびに「自分の役目、価値を与えてくれてありがとう」と心の奥から感謝の気持ちが溢れ、虐待による苦痛を感じなくなる、ということがあるらしい。
このメスピカも、理由は違えど、似たような精神状態に陥ったのだろう。
「愛する者に捨てられた自分の存在価値など、有りはしない」
精神がそう錯覚した矢先に、俺に捕獲された。そして俺は、メスピカを虐待して楽しもうとしていた。
「『俺から虐待を受ける』ことにより、俺の精神を落ち着かせ、『ストレスの捌け口で居てあげられる』
。自分の新たな存在意義を見出してくれたトレーナーに喜んで虐待を受け、精一杯の愛と感謝を示す。
それが、自分の使命、存在する理由───。」
俺の都合の良い推測に過ぎないが、メスピカはそう思っているのかもしれない。
どうせなら苦痛や屈辱を与えて身も心もボロボロになるような虐待を与えたかったが、メスピカは一片の曇りも見せることなく、気丈な様子で俺からの虐待を受け続けた。
しかし、俺にとって都合の良い精神状態であるように見えても、やはりコイツの精神はイッちゃってると痛感させられることがあった。
人間と同じように、リストカットをしやがるのだ。
ある日、仕事から帰ってくるとメスピカのかすかな笑い声が聞こえてきた。
何やってるのかと部屋に入ると、カッターナイフで身体を傷だらけにし、虚ろな目で流れる血を見て、微笑んでいた。
「なにやってんだ!?テメェ・・・!?き、汚ねェだろうがッ!!」
ナイフを取り上げ、蹴りを入れる。
「ちゅっあぁ!!」ドンッ
傷口が広がり、泣き声をあげる。しかし、身体を起こすと、やはり俺の方に寄ってきて
「ちゅうぅ♪ぴっかぁ♪」と、嬉しそうに鳴くのだ。
その頃は、仕事が忙しくてメスピカの虐待にも手が回らない状態だったのだ。
俺に虐待されないメスピカは不安を感じ、自分の手で身体を傷つけないと気が済まなかったのだろう。
過剰なリスカで床や壁がドロドロに汚されては困る、という理由で、俺はその日からメスピカの虐待を朝晩欠かさずに行った。朝起きたら、メスピカをサンドバッグの代わりに殴りつけ、仕事から帰ってきたら玄関まで俺を迎えに来るメスピカを廊下の奥に蹴飛ばす。夜に風呂に入るときは熱湯をかけ、シャンプー剤を目に入れてやったり、俺と一緒にベッドに入ってきやがったら、「ウゼェんだよ」と言い、首を絞めて蹴りを入れた。
それでもメスピカは、一瞬だけ苦しんだ顔を見せたかと思えば、次の瞬間には幸せそうな鳴き声を出して微笑みやがる。
更に俺は、洗濯や掃除などの家事を全てメスピカに押し付けた。
少しでもミスをしたら怒鳴りつけて壁に叩きつけ、餌をオアズケにしたが、俺に反抗したりすることは一切なく、
ただ素直に謝り、ひたむきに俺の役に立てるように尽くしていた。
俺はそんな異常なメスピカと一緒に生活していくうちに、自分の心や感情に、言いようの無い、微かな違和感を感じていた。
ある休日の昼間、食材が切れたということで、メスピカに近くのスーパーまで買出しに行かせた。
(精神はアレだが、頭は悪くないようなので、メスピカ一匹だけで買い物は簡単にこなせるようだ)
しかし、5分くらいで戻ってこられるはずなのに、10分経っても戻ってこない。
「(まさかアイツ、とうとう逃げやがったのか・・・!?)」
俺は強烈な不安感に襲われた。
メスピカを探すため、マンションのドアを開けた。するとメスピカの激しい鳴き声と、数人の子供の声が聞こえてきた。
「ぴいぃーーーっ!!ぴかああぁぁーーー!!ちゃあぁーーーっ!!」
「行ったぞー!そっちだー!」
「逃がすなー!」
「へいへいこっちだこっちー!」
メスピカの鳴き声はこれまで聞いたことのない恐怖に満ちた鳴き声だった。俺は階段を使って、声の聞こえる階まで駆け下りる。
「ぴいぃ・・・ぴかあぁ~っ・・・!!」
「なんで俺たちから逃げたんだよこのクソピカー!?」
「せっかく遊んでやろうとしたのになァ~!」
「人見知りなクソピカちゃんにはオシオキでーーーッチュ☆」
ヴイィィィィィィィィッ!!!
バリバリバリバリバリ!!
「ちゃああああぁぁぁああぁぁあぁぁぁぁぁっ!!!」「ギャーハハハ!!マルガリータァ!!☆マルガリータだぁ!!」
「俺はハサミで陰毛カットをしてアゲマーーーチュ☆」チョキチョキチョキチョキ!!
「ぴかぴいいいいいい!!ちゅああぁぁぁ!!ぴかっちゃあああぁぁっ!!」
「うっわー!ピカチュウのマンコ丸見えだー!キンモーーーー!!」
「ぴいいいい!!ぴかああぁぁぁーーーーー!!!」
「その丸見えのマンコにハサミを挿入(い)れてェ~~~・・・!!」ヌプゥ・・・
「ぴきゃああぁぁぁぁぁーーー!!」
「中っちゃんッ!!ヤッてヤれェーーー!!」
「おうよ!
な☆か☆た☆シュウウゥゥゥーーーーーッ・・・」
「テメェらぁ!!!」俺が大声を張り上げると、三人のクソガキは「ヤバい!」といった顔つきで振り返る。
「俺の・・・
俺のピカチュウに・・・何てことしてやがんだああああああ!!!」クソガキ共は一目散に俺の側を駆け抜けて退散した。危うく拳が出そうだったが、大人の精神力をフル稼働させて、拳を静止させた。
クソガキが消え、俺はメスピカに駆け寄った。
「ぴいぃ・・・ちゃ・・・あ・・・」
メスピカはバリカンで体毛を荒々しく刈り取られ、無残な姿で横たわっていた。
性器の周りの毛もわずかにしか残っておらず、丸見えになった性器からハサミの柄が飛び出ている。
ハサミをそうっと抜く。血は出てこない。外傷も無いようだ。
「おい・・・大丈夫か・・・?」
「ちゃあぁ・・・ぴかぴ・・・」
メスピカは買い出しの品を俺に渡す。ビニール袋に包まれた卵はメスピカとは正反対に、無傷で割れた様子も無い。
「お前・・・もしかして・・・自分の身体よりも、この卵をかばってあのガキ達から逃げていたのか・・・?」
「ちゃあぁ・・・」
「・・・・・・ふざけんなよ・・・!」
「ぴ・・・ぴかぴ・・・!?」
「卵なんてどうでも良いんだよ・・・!!そんなもん、捨てて逃げれば良かっただろ・・・・!!」
「ぴかぁ・・・!?ちゃ、ちゃあぁ・・・!?」
「もう少しで大怪我するとこだっただろ・・・!!てめぇ・・・!!」
「ぴ、ぴか・・・!」
「もうてめぇに買い物は任せねぇ・・・。次からは俺が行くから、お前は留守番してろ・・・」
メスピカを両手で抱え、俺達は部屋に戻った。
「ほらよ、できたぞ」コトッ
「ぴかぁ・・・!?ちゃあぁー!?」
メスピカに差し出した飯は、俺の飯と同じ、特製オムライスだ。
初めて、人間と同じ飯を与えられたメスピカは、驚きの声をあげる。
「ぴかぴかちゃあ!ぴかぴ!?」
『自分なんかが、こんなに良い物を食べさせてもらっては、申し訳ない!』とメスピカ。
「うるせぇな・・・黙って喰え!!てめぇが買ってきた卵、余ったら勿体無いだろ!!ただし、少しでも残したら蹴るぞ!!」
「ちゃ・・・ちゃあぁ~・・・!!ぴかぴかぴー!」
メスピカには普段、粗末なポケモンフードしか食べさせていなかった。
スプーンを使って飯を食べるのは生まれて始めての経験らしく、拙い手でスプーンを使い、飯を口へ運ぶ。
ポロリッ…
「ちゃ、ちゃあぁ!ぴかぁ~・・・!」
スプーンを上手く使えないメスピカに呆れた俺は、仕方ないので、俺が直々に飯を食べさせてやった。
申し訳なさそうにしていたメスピカだが、一口、また一口とケチャップたっぷりのオムライスを頬張らせると、幸せそうな顔を浮かべてペロリと完食してしまった。
俺の分の飯はすっかり冷めてしまったが、それでも不思議と美味しく感じられた。
メスピカはちゃっかり、俺の膝の上で丸まって寝ていた。脚をめちゃくちゃに動かして、眠りを妨げようかと思ったが、なんとなく止めておいた。
俺はその日から、メスピカの虐待の方法を少しだけ変えた。
普段は拳で頭を殴りつけていたが、拳ではなく、手のひらでメスピカの頭をゴシゴシと擦るのだ。
これは摩擦によって、頭に激しい熱を感じさせる、という立派な虐待だ。
メスピカは「ちゃあぁ~・・・///」と悲痛な泣き声を上げるから、楽しくて仕方が無かった。
餌も、ポケモンフードではなく、俺と同じ飯を食わせた。
人間同様の飯を食わせることにより、本来ポケモンが口にする食べ物の味を忘れさせる。
もし野生に帰ったときなんかは、まともに木の実や野草を食べる気にはなれず、餓死することだろう。
そんな俺の目論みも知らず、俺の作った料理を美味しそうに食べるメスピカの姿は滑稽だ。
これからどんどん俺の料理を食べさせてやることにした。
また、就寝時、メスピカは必ず俺の布団に入りたがる。俺は素直に、布団の中にメスピカを招き入れる。
嬉しさのあまり、油断したメスピカを両腕できつく締め上げる。
「ぴか~///」とこれまた苦しそうな声で泣くメスピカ。
俺は以前までしていた虐待法では得られなかった、とてつもない快感を感じるようになっていた。
俺はいつしか、メスピカの虐待に全力を尽くして生活するようになっていた。
ある休日、メスピカに留守番をさせ、俺は買出しに外に出ていた。
以前、メスピカと出逢った公園に差し掛かったとき、あの時のようにポケモンの泣き声が聞こえた。
聞き覚えのある声。以前、ここでメスピカを捨てた、あのオスピカの泣き声だった。
オスピカはあの時、ネンゴロになったイーブイを守る態勢で、野生と思われるブースターと戦っていた。
「ビッカァ~・・・ヂュウゥッ!!」バチバチ!
オスピカはブースターに向けて電撃を放つ。しかし、ブースターはオスピカのチンケな電撃をヒラリとかわし、火炎放射でオスピカを焼き払う。
「ブウゥゥーーーッ!!」「ヂュアアアアアアァァァァァァァァーーー!!!」
オスピカは一瞬で消し炭となった。
「ぶい・・・!!・・・ぶい~♪ぶいぶ~い///」
消し炭の塊になったオスピカを一瞥し、勝者のブースターにすり寄ってキスをするイーブイ。
コイツ、とんでもない魔性のビッチだ。
イーブイとブースターはあの時のように、負け犬のオスピカに目もくれず、イチャイチャとしながら草むらの奥へと消えた。
それを真っ黒な目で見つめ、
「ビ・・・ガ
ァ・・・ヂャアァ・・・」と悲しそうに鳴き、地面に崩れ落ちるオスピカ。
「因果応報だな」
俺はオスピカの頭を踏み潰した。断末魔が発せられることは無く、炭を潰すような感覚だけが足に残った。
メスピカとの生活を始めてから、俺は精神的に余裕ができ、仕事を着々とこなせるようになっていた。
上司や女子社員からの見る目も良い意味で変わったようで、ちょくちょく食事に誘われるようにもなった。
悪い気はしないのだが、夜の帰りが遅くなるとメスピカに虐待ができなくなってしまうので、そういった誘いはほとんど断っていた。
しかしある日、俺はとんでもない女から目をつけられるようになった。
「あの・・・佐渡野(さどの)さん・・・」
「ん・・・何ですか?」
廊下ですれ違い際に俺に話しかけてきたのは、違う部署の【打丹(うつに)】という女子社員だった。
黒髪のロングヘアーに、眉毛のラインでパッツリと切りそろえられた前髪。その前髪の真下に位置した瞳は、いつもどこか遠く、別な次元を見据えているようで、他の社員からは少々不気味がられていた。
「お昼休み・・・ほんの少し・・・時間、ありますでしょうか・・・?」
「あ、あぁ、大丈夫、ですけど」
「屋上に、来てください・・・お話したいことがあります・・・」
「は、はぁ・・・」
打丹はそう言うと足早に去っていった。これまで彼女の妙な噂はいくつか聞いたことがあった。
無表情のまま携帯をいじる打丹の背後を通りかかった社員が、打丹の携帯の画面をチラ見したところ、惨殺されたポケモンの写真が映っていたことがあったとか、打丹の住まいの付近でポケモンの死体が遺棄されていた事件もあった。
見た目の雰囲気も若干不気味な部分が見え隠れするような人柄なこともあり、打丹はそういった人とは違う、何か危険な香りを漂わせている人間だった。
昼休み、俺は重い足取りで屋上へと向かった。
屋上に、打丹はいた。俺が来たことを確認し、辺りに人が居ないことを確認して俺に歩み寄る。
「突然、すみません・・・こんなトコに呼び出してしまって・・・」
「いや、別にいいですよ・・・で、話って・・・?」
「あ・・・話・・・。話、なんですけど・・・」
打丹の黒目がドス黒く濁った色に変化したように見えた。
「佐渡野さん、ポケモンの・・・虐、待・・・とかに・・・興味、無いですか・・・?」
心臓を氷水に浸けた両手で包まれる感触に襲われた。
「な、何言ってるんですか・・・そんなことに興味なんて、ないですよ」
「・・・うそを、ついていますね?」
「嘘じゃないですよ!!何なんですか!?」
「うそ・・・うそ・・・私にはわかります」
「変な冗談は止めてくださいよ!」
俺は踵を返し、屋上から出ようとする。しかし、打丹が俺の腕を掴み、阻まれた。
「うそよ。うそうそうそうそ・・・私にはわかるんですよ・・・同じ嗜好、性癖を持つ人・・・やっと見つけたんだから・・・やっと、やっと・・・」
打丹が俺の腕を掴む力が、強くなっていく。
「離してくださいよっ・・・!!」
「あなたはポケモンを虐待することに快感を覚えている・・・感覚でわかるもの・・・。私には・・・そんなあなたが、とても魅力的な存在に映るんです・・・。最近のあなたは、特に、その魅力に磨きがかかっているように見えるの。あなたなら私の全てを解ってくれる・・・私にとっての唯一無二の存在・・・。絶対にそうなんです。佐渡野さん、私を虐待して。殴って、蹴って、犯して。私の血を見て。私の傷を増やして。私の、穢れを感じなくするくらいの、傷、血、それらで私を包み込んで。あなたの歪んだ愛を私は求めている。あなただけが私を理解してくれるの。あなたが居ないと、私が壊れちゃうの。そうなる前に私を壊して。私だけを」「離せッ!!!」打丹の手を振り払う。打丹は駆け出そうとする俺の腰にしがみつく。
「う、ああああああぁぁぁぁっ!!」無我夢中で俺は打丹を振り払った。そして男子トイレへと駆け込む。
昼食はまだとっていなかった。しかし、これまでにない吐き気を催し、胃液が逆流して口から漏れていく。
「何なんだ・・・あの・・・女ッ・・・!!」
午後は、ほとんど仕事が手に付かなかった。
・・・打丹。
あの女の存在は俺に凄まじい恐怖感を与えた。なぜ、俺がポケモンを虐待していることに勘付いたのか。
なぜ、打丹は俺に虐待されたい、などと言ってきたのか・・・。
考えたくないが、考えてしまう。打丹は、俺と同じ嗜好を持っている、と言っていたが、それが原因であの女を、打丹を、俺の元へ引き寄せたのだろうか。
・・・なんてことだ。とんでもない女に目をつけられてしまった・・・。
その日、重い足取りで帰宅すると、メスピカが慌てて俺の元へと駆け寄ってきた。
「ぴかぴいぃ!ちゃぴかぁー!」タタタ・・・!
「なんだなんだ、どうしたんだよ」
手のひらでメスピカの頭をゴシゴシと擦り、虐待する。メスピカはいつものような泣き声を上げなかった。
「ぴかぴかちゃあ!ぴかぴっ!!」
早く居間へ来い、とメスピカ。ひどく嫌な予感がする。
「う、うわっ・・・!?」
居間には、数百枚のメモ用紙があった。ドアポストに投函され、メスピカが居間へ運んだのだろう。
メモ用紙には、
「助けて」「私にはあなたが必要」「血を流させて」「殴って」「切って」「犯して」「殺して」「お願い」「愛の暴力を私に」「血を差し上げます」「血を、血を、血を」「おかしくなりそう」「早く、私に、シて」「私の精神をあなたの手で」といった怪文が一言ずつ綴られたいた。
俺は恐怖のあまり、卒倒した。
メモ用紙の量と内容もその原因のひとつだが、最も大きな原因、それは、怪文が全て
血文字で書き綴られていたからだった。
「もしもし、警察ですか・・・?」
目を覚ました俺は、すぐさま警察に打丹を通報していた。
怪文書の主は、間違いなく打丹だ。
警察はすぐに家宅捜査に来てくれた。メモの血文字のDNA鑑定も執り行ってくれるらしい。
俺が酷く怯えた様子のため、メスピカも俺に抱きついてブルブルと震えていた。
その晩、メスピカと俺はまともに寝付けなかった。
次の日、俺は会社を休んだ。気分が優れなかったのに加え、メスピカの身も心配だったからだ。
万が一、打丹が俺の家を襲撃してメスピカを殺したりでもしたら、もう二度と俺はメスピカを虐待できなくなってしまう。そうなってしまっては非常に困る。
警察の調べによると、怪文書の送り主は打丹で間違いないという。打丹はあの日、会社を早退し、俺の家に怪文書を送りつけたのだと言う。その後の打丹の行方はまだわかっていない。即ち、逮捕もまだだ。
俺は防犯会社に依頼し、部屋の窓、ドア全てを頑丈な物にし、厳重なセキュリティを施した。
俺の右手の人差し指の指紋を使わなければ、窓やドアが開けられない仕組みのものだ。
「これで一安心・・・かな」
会社を休んで三日が経とうとしていた。未だに打丹は行方をくらましている。
篭城しっぱなしだったため、食料が尽きようとしていた。
「まずいな・・・そろそろ買い物に行かなきゃならねぇ」
「ちゃあぁ~・・・ぴかぴぃ・・・」
『怖いから自分も買い物に連れて行ってくれ』とメスピカ。
警察の話によると、こういった状況では、ポケモンを連れて外出すると、ポケモン自体を狙われるのだそうだ。
野放しのまま連れて歩くのは勿論、モンボに入れて歩いたとしても、すれ違いザマにモンボを奪われる。
そしてポケモンを人質とされてしまう。
そうなるよりは、セキュリティを施した室内において置く方が遥かに安全なんだ、とわざわざ警察が電話をかけてきてくれたのだ。
「大丈夫だ。セキュリティもあるし、俺はすぐに戻ってくる」
「ぴかぴぃ~・・・」
メスピカは俺に抱きつく。頭をゴシゴシと擦り、家の戸締りを確認して、外へ出た。
近くのスーパーはマンションから徒歩2分もしない。買い物をし、家へと帰るには10分もかからない。
足早に買い物を済ませ、家路を急いでいるときだった。
prrrrrrrrrrrrrrrrr・・・
「・・・・・・!」
携帯からの着信。知らない番号からだ。
「はい、もしもし」
「・・・佐渡野さん」
身体に凄まじい悪寒が走る。打丹だ。
「う・・・打丹・・・!!!」
「ふふふ、こんにちは。ご機嫌はいかがですか?」
「・・・よく、そんなことを俺に訊けたな!?あぁ!?」
「あらら、ご機嫌はよろしくないのですね・・・ふふふ、残念。
私の言うとおり、ポケモンを連れて外出しなかったんですね」
「・・・は!?何のことだよ!?」
「あはは、やっぱり、気づいて無かったのですね。
先日、警察からポケモンの防犯についての電話がありましたでしょ?
・・・あの電話の主は、私です・・・。お家にピカチュウを1人きりにさせるための、電話だったの」
「な・・・何だとテメェ!!」
「ねぇ、佐渡野さん・・・あなたのマンションの部屋の方、そこから見えるでしょう?」
打丹はこちらの位置を把握しているようだ。さらに戦慄が走る。
「見えるが・・・それが何だよ・・・!?」
「そのまま見てて・・・
・・・3・・・
2・・・
いち・・・」
爆音が響いた。俺の部屋からだ。メスピカが留守番をしている、俺の部屋で爆発が起きた。
「なっ・・・・・・あああああああああああああああっ!?」道路の位置から部屋を見上げただけで、俺の部屋は業火に包まれているのがハッキリとわかる。
先日施したセキュリティのため、頑丈な窓やドアが破損した様子は無い。
しかし、それが仇となった。メスピカでは窓を開けられない。俺の右手の人差し指の指紋が必要となる。
室内の業火は酸素を喰い尽し、メスピカは灼熱の室内に閉じ込められている。
「っあ・・・ああああ!!!ピ・・・ピカチュウ・・・!!ピカチュウーーーーーッ!!!」「ぴかぴいいいいいぃぃぃぃーーーーーっ!!!
ちゃあああぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!!」ピカチュウの声は微かに届いている。幸い、まだ無事なようだ。急いで部屋のセキュリティを解除し、メスピカを救い出さなくては!!
マンションの入り口に向かって駆け出した、そのときだった。
「佐渡野・・・さん・・・!!」
「うああぁっ!?う、打丹ッ・・・!!」
打丹が電柱の陰から現れ、俺の身体を引きとめた。
「何なんだよ、テメェーーーッ!!テメェがッ・・・テメェがやったのかああぁぁぁッ!?」
打丹は悪魔のような笑みを浮かべて俺に語る。
「そうよ・・・!私よ・・・!!だって・・・あなたがいけないのよ・・・私に嘘をついていたじゃない・・・やっぱりあなたはポケモンを虐待していたじゃない・・・!!」
「それがッ・・・!!なんだってんだァッ!!お前と俺を一緒にすんなアァッ!!!」
打丹は以前よりも強く、俺の身体にまとわり付いて離れない。
「なんであのチンケなポケモンなの?何でピカチュウなの?なんで私じゃないの!?どうして私を拒絶するのよォォォッ!?」
ピカチュウの声がだんだんと小さく、遠ざかっていく。
「頼むッ!!離せッ!!離せこの野朗ーーーッ!!」
打丹の顔面を殴る。ピカチュウを殴ったときとは比べ物にならない反動が手に伝わる。
今まで、俺はピカチュウを殴っていたとき、無意識に手加減をしていたのだと気づいた。
「ああァッ!!そう、それ・・・!!それが・・・欲しかったの・・・!!佐渡野さん!!佐渡野さん・・・!!気づいて無かったでしょ・・・!?あの日の昼休み・・・!私はあなたのズボンに盗聴器を仕掛けていたの・・・!!その盗聴器からあなたとピカチュウの幸せそうな声を聴いて・・・あたしがどんなに悔しい思いをしたのか!!佐渡野さんは知らなかったでしょおおおぉぉぉッ!?」
打丹が俺の右手に噛み付く。激しい痛みに襲われる。
「ああああぁぁぁ!!止めろッ!!止めろーーー!!」
「私も虐待されたかった!!あなたのピカチュウみたいに!!身も心も犯されたかった!!だってあなたが初めてだったんだもん!!私の心を理解できるのは、同じ嗜好を持つあなたしか居ないはずだったんだもの!!今まで誰にも理解されなかった私の性癖、嗜好を理解してくれそうな・・・たった一人の男(ヒト)なんだからッ!!ねぇ、もっと殴ってよ!!もうあなたのピカチュウはこの世から居なくなるわッ!!そうしたら私を虐待して!!虐めて!!犯して!!」
「うわあああああああああああああ!!!!!!」
俺は打丹を殴った。
奴の顔面が原型を無くすくらい、強く、激しく。
打丹は血を吐きながら幸せそうな声を上げてダウンした。
マンションの階段を駆け上る。部屋の前までたどり着いた。あとは右の人指し指の指紋を使えばドアを開けられる。
指紋認証システムに手を伸ばした瞬間、再び、激痛を感じた。
右手の人差し指の先が、無くなっていた。
「あ・・・!?
あああああああああああああああ!!?」打丹に噛み付かれたとき、人差し指の先を喰いちぎられたのだ。あの時は興奮と恐怖のため、一瞬の痛みしか感じず、指の異常に気づかなかった。
しかし、今は別だ。『人差し指の先が無い』ことを認識した今、俺の右手の痛覚がフル稼働している。
「ピ・・・
ピカチュウゥーーーッ!!ピカチュウゥーーー!!」右手を抑えながら、部屋に向かって俺は叫ぶ。ピカチュウの泣き声は既に聞こえなくなっていた。
「うわああああああああああああ!!
ピカチュウウウウウゥゥゥゥーーーーーッ!!!!!」俺は声が枯れ果てるまで、ピカチュウの名を呼び続けていた。
数日後の深夜、俺は手ごろな台と縄を持ってあの時の公園に来ていた。
「・・・ここにするか」
台に上り、頭上の木に縄をくくりつける。
打丹は、幼い頃からのサイコパス気質により、ポケモンを虐待することに快感を覚え、友人もろくにできたことが無く、迫害される日々を送っていたそうだ。そんな打丹は、自分と似た嗜好の持ち主を捜し求めていたらしい。
そして、女の勘によって、俺という人間を見つけた。
俺は確かに、ポケモンの虐待に興味を持ち、ピカチュウを捕獲して、虐待していた。
俺から虐待されることを、ピカチュウも望んでいた。
だが、それはピカチュウの壊れた精神が生み出した、偽りの望みだったのだ。
ピカチュウは元々、心の奥底で、愛する者との平凡な生活を望んでいた。
そんな望みを持っていたピカチュウと共に居ることで、俺の求めている望みも同調していったのだろう。
俺はいつしかピカチュウの虐待を止め、心の奥底から、ピカチュウを愛するようになっていた。
ピカチュウを愛し、尽くすことだけを考えていた。
それがいつの間にか、俺の存在意義となっていたのだ。
しかし、ピカチュウを亡くした今、俺の存在意義はもうどこにも見当たらない。
「今、逝くぞ・・・ピカ・・・チュウ・・・」
縄を首にかけ、俺は足元の台を勢いよく蹴り飛ばした。
ピカチュウを蹴ったときの、あの柔らかな感覚はしなかった。
おわり久々の鬱作品。この話はツイッターで「鬱作品が好き」というフォロワー様と一緒に構想を練って書きました。
思い出の一品となりました。
ピカ虐SSで人間のメンヘラ女を書くのは初めてだったのでメンヘラの描写がいまいちに感じられたら、その点は申し訳ございません。
ちなみに、打丹のキャラは女版ピカ虐でつ☆うふふ☆
- 2013/02/06(水) 00:08:30|
- ピカ虐(短編)
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