「お兄ちゃん、『ぶかつ』って楽しい?」
夕日が差し込む病室のベッドの上で、イチカは俺に尋ねた。
「あぁ、楽しいよ。先輩たちも優しいからさ、すごく楽しいよ」
「ふーん・・・。いちかのお見舞いと、どっちが楽しい・・・?」
「バカだな。そりゃイチカに会いに来る方が楽しいよ。・・・早く退院して、一緒に暮らそうな・・・」
「でも・・・おとうさんが・・・」
「・・・もしアイツが帰ってきたら、今度こそ俺がイチカを守るよ。俺、空手部に入ってから結構強くなったんだ」
「ありがとう・・・」
「いいんだよ。イチカ。」
俺はイチカの左足を包んでいるギプスを、そっとなでた。
指先に重たくて冷たいギプスの感触が伝わる。
「いちか、ずっとお兄ちゃんと一緒に居たい・・・」
「うん、俺もだ。ずっと、一緒に居ような」
「うん・・・・・・・・・」
俺とイチカは、幼い頃から義父に虐待を受けていた。
実父はイチカが小学校に上がる頃に事故死し、母がその悲しみを即座に埋めるかのように、再婚相手として選んだ男は、俺達兄妹にとって悪魔以外の何者でもなかった。
ろくすっぽ仕事もせず、外に出るときは母親から金をせびり、その金をパチンコでパーにして帰宅すると、決まって俺達に八つ当たりをするようなクズだった。
義父がそんなだから、母は義父と再婚した業(ごう)の償いをするかのように、休日を減らしてまで働いていた。
しかし、母の収入だけで家族を養うのには、どう考えても限界があった。
昔から身体が丈夫なことを自慢していた母だったが、日が経つごとにやつれていき、俺が中学生、イチカが小3になる頃に過労で倒れてしまい、そのまま逝った。
今考えると、よく3年も耐えたものだ・・・と思う。
母が死んでからは、義父の虐待は日に日にエスカレートしていった。
母の生命保険金を使って豪遊し、酒をよく飲むようになった。そして殴る蹴る等は当たり前のことだったが、あまりに酔いが酷くなると、足の爪を剥がされたり、安全ピンで身体の目立たない場所を刺されたりもした。俺達の悲鳴を聞くと、義父はとてもご機嫌な表情となり、俺達に罵声を浴びせては、また暴力を振るった。その他にも、随分と陰湿な虐待を受けた。
俺の生きる希望は、妹のイチカの存在だった。血を分かち合い、同じ境遇で、同じ苦しみを知るのはイチカのみだったからだ。俺はイチカを守るため、必死で生きていた。イチカは俺の存在意義そのもの、絶対的な存在だったのだ。
俺の人生はイチカを守り、イチカと共に生きる為に在る。
本気でそう信じ、義父の虐待に二人で耐え忍んでいた。
そんな義父がある日、大暴れをしてイチカの大腿骨を折るほどの大怪我をさせてから、俺達の生活は一変した。
義父はこれまでの虐待の件が発覚し、ブタ箱送りとなった。
初めから義父を警察に通報すれば良かったのだが、義父が消えたら身寄りの無い俺達は施設送りとなってしまう。
イチカは義父のせいで対人恐怖症になってしまったので、施設で知らない人たちと暮らすのを怖がった。
俺が「虐待されるよりはマシだから義父を通報しよう」、と説得したらイチカは
「そうしたら、おとうさんが知らないところで、知らない人たちと暮らさなきゃいけないでしょ・・・?
おとうさんがかわいそうになっちゃうよ・・・」
と答えたもんだから、心底驚いた。自分を虐待している義父の心配をするような、優しすぎる性格。
しかし、その優しさが仇となってイチカは大怪我をするハメになった。俺は心底、神の存在を疑った。
イチカはまともな食事を与えられていなかったせいで、身体の治癒力が同年代の子よりも劣っていた。
その為、長期的な入院が必要となった。
それからは幸か不幸か、義父の顔を見ずに生活できるようになった。俺は毎日、学校帰りにイチカの病室へ見舞いに行った。イチカは俺の学校生活の話を、いつも楽しみにしていてくれた。
俺はイチカの笑顔を見るのが楽しみで仕方が無かった。それを見れば、今までの辛い虐待生活を忘れられるくらいの幸福感を感じるのだ。
ある日のことだった。俺は病院の近くの道路沿いにあるススキ畑で、とある「花」を探しに来ていた。
その花の名前は「いちのるりはな」といい、とても可愛らしい赤い花で、滅多に見つけられないことで有名だった。
また、その花を好きな異性にプレゼントすることで、永遠に結ばれる・・・といった何ともロマンチックなジンクスもあった。
イチカの名は、その花の名が由来だ。母はかつて実父と結婚する前に、このススキ畑を散歩していたという。そして偶然見つけた「いちのるりはな」があまりに可愛らしく、美しかったため、その花は、母にとってとても思い入れの強い物となったらしい。そしてイチカが生まれた時、その花から名前を拝借して「いちか」と名づけたのだ。
幼い頃のイチカは、その話を両親から聞かされるたびに幸せそうな顔を浮かべ、「いちかも、そういう恋がしたい」と微笑んでいた。
「やっぱ見つからないか・・・。まだ8月だもんな」
いちのるりはなは、夏の終わり頃から初秋にかけて、その姿を見せる。それも、一本咲くか咲かないかくらいの希少な花である。
花探しに夢中だった俺は、日が落ちるのにも気づかなかった。
「やべ、面会の時間過ぎちゃうよ」
慌てて病院へ向かおうと、道路の方へ駆け出したそのときだった。
「・・・ピ・・・・・・・・・・・・!チャ・・・・・・・・・ァァ!」「・・・?何か聞こえる・・・」
「ピカアァァ~~~!チャアァァァァ~~~!」「人間の・・・鳴き声じゃない・・・。まさか、ポケモン・・・?」
かつて、一台ブームを起こしたポケモンだったが、当時はポケモンに対する人間の風当たりは、きついものとなっていた。
ポケモンが徐々に増え続け、人間に危害を加える事件が(その頃は僅かではあったが)発生していたからだ。
ポケモンを育てている一般家庭は、そうでない家庭から白眼視されるようにもなり、ポケモンを野性に返すトレーナーも少なくなかった。
ススキをかき分け、声がする方へ向かった。声の主は、誰もが知っているあのポケモン、ピカチュウだった。
そのピカチュウはまだ生まれて間もなかったようで、普通よりも二回りくらい小さかった。
その傍で横たわっている、もう一匹の、親と思わしきピカチュウの身体を必死で揺らし、鳴いていた。
「どうしたんだ・・・・・・っうぅ!?」
なんと、横たわっている親ピカチュウの腹から、臓器と体液が散らばっていた。
目は白目を向き、ピクリとも動いていなかった。
そのピカチュウを、小さいピカチュウがより大きく泣きながら、身体をユサユサと揺らす。
「ピカピイィィィ~~~!!チャアァァ~~~!!ピイィィ~~~カアァァ~~~!!」
「車に・・・撥ね飛ばされたのか・・・?」
俺は吐き気をこらえながら、丘の上の道路へと目を向ける。
大型のトラックにでも轢かれてここまで吹っ飛ばされたと考えるのは、至極妥当な距離だった。
「ピ・・・ピカァ~!チャアァ~~~!!ピカピイィィ~~!!ピッカァチャアァ~~~!!」
子ピカは俺の存在に気づくと、足元に寄って来て裾をグイグイと引っ張り、『ママを助けて!』と懇願するような目で見てきた。
「お、お前・・・」
「チャアァ~~~!!ピカピイィィ~~~!!ピカチャアァ~!!」
「・・・・・・ご、ごめんよ・・・。俺には何も・・・できない、よ・・・。
お前の・・・お前のお母さんは・・・・・・う・・・うぅ・・・・・・」
俺はガクリと両膝を着き、子ピカを抱きしめた。そして俺も、母を失う悲しみを知る者として、同じ感情から溢れてくる涙を流した。
「ピカ・・・ピィィ~!ピカァ~チャアァァ~~~!!」
子ピカは子一時間、俺の胸の中で泣いていた。
それから数日の時が経った、俺はイチカの見舞いに行くついでに、子ピカに会いに行くようになっていた。
俺と子ピカで母ピカを埋葬したあたりに、いつも子ピカは居た。
「おーい、子ピカー・・・!」
「・・・!ピッカァ~~~!!チャー!」
「ははは!今日も元気だなーお前は!」
「ピカピカッチュ~!チャアァ~♪」
子ピカは俺がココに来ると、決まって俺の胸に飛び込んで来た。俺は子ピカの頭を思い切り撫でると、子ピカはくすぐったそうに、笑いながら喜んで俺にじゃれてきた。
俺は毎日、給食を少しだけ残したものや、近場のコンビニで買ったお菓子を子ピカに与え、一緒に食べていた。
「ピッカピ・・・!ピカチャ~~~♪」
子ピカは草陰から、いかにも人間がお店で買ったと思しきお菓子を取り出し、俺に見せ付けてきた。
「お前・・・どうしたんだよそれ・・・。まさか、人の持ってたものを盗ったんじゃないだろうな・・・」
「ピカチャ・・・///ピピィ・・・!」
「お前なー・・・いくらなんでも物盗りは良くねーよ・・・警察にバレたら俺まで補導されっかもしれねーだろ・・・」
「ピィカァ~~~・・・」
子ピカは申し訳なさそうにションボリとし、お菓子を俺に分けてくれた。
「最近、この辺でポケモンによる引ったくりが多発してるって聞いたけど・・・やっぱお前だったのか・・・勘弁してくれよな・・・・・・あ、このお菓子、うめぇ・・・」
「ピカピ♪」
ポケモンへの風当たりが悪くなったのは、人間が原因でもあった。ポケモンを利用して窃盗や暴行などの犯罪に手を染める輩が急増していたからだ。その為、ポケモンを利用しての犯罪行為は、特に厳しく取り締まられていた。
この子ピカが人様の食べ物を盗み、それを俺と一緒に食べているところを見られてしまったりしたら・・・俺はポケモンを利用し、窃盗を働いた罪に問われ、少年院にぶち込まれてもおかしくは無い。
「これからは人様の物に手を出すなよ。約束だぞ」
「ピカ、チャアァ~・・・」
子ピカと戯れた後は、必ずイチカのお見舞いに向かっていた。
いつも通り、病室のドアに手を掛ける。その瞬間、中から数人の小学生達が出てきた。イチカの学校の友達が男女複数人だ。
「じゃーね!いちかちゃん!」
「いちかちゃん!またねー!」
「・・・んじゃな」
「えー!?マー君、いちかちゃんにそれだけしか言わないのー!?」
「・・・うるせ」
「あはははー!マー君照れてるんだ!」
「うっせーっての!!」
小学生達が去るのを見届け、俺はイチカの病室へ足を踏み入れた。
イチカは俺の姿を見るやいなや、顔を赤くして目を逸らした。
「よう、イチカ」
「あ、あ・・・お兄、ちゃん・・・」
「どうしたんだイチカ?・・・今の、友達だよな?」
「うん、そーだよ・・・ただの友達だよ・・・」
イチカは顔を赤くしたままだ。・・・少しからかってやるか。
「マー君って男の子が好きなのか?」
イチカは俺の言葉に過剰反応し、より一層、顔を赤くしてしどろもどろと答えた。
「ち、違うよ!!マー君はただの友達だもん!友達だから、好きじゃ、ないもん!
いちかが好きなのh・・・・・・っ!!
っ!!!!
お、お、お兄ちゃん!!からかわないでよ!!」
「カラカッテナイヨー?」
「ウソ!お兄ちゃん、いちかをからかう時の顔してるもん!」
「ばれたか」
「ばれてるよ!!」
「で、誰が好きなの?」
「・・・!!ばかー!!」
イチカの話によると、先ほどのクラスメートから「いちかちゃんは好きな人居るの?」と質問をされ、イチカが「いない」と答えると、女子の1人がマー君の方を見ながら「ふーん・・・残念だね」と言ったらしい。
その瞬間からマー君は「いちかちゃんのことを好き疑惑」をかけられ、女子に恋心を弄ばれる数分間をこの病室で過ごした、と。
「そんなことがあったのねー。マー君、かわいそ♪」
「なんでちょっと嬉しそうなの・・・」
「嬉しくないよー♪ところで、イチカオジョーサン・・・本当に好きな人が「いない」って答えたのかい・・・???」
「!?・・・う、うん・・・そうだよ・・・」
「それは嘘だな。俺は知ってる」
「え”・・・」
「さっき、マー君たちから聞いたよー♪「イチカちゃんは好きな人がいるみたいだけど、私達には教えてくれなかった」ってー。
だから俺はあの子達から「いちかちゃんの好きな人を聞いておいて!」って頼まれたんだよ」
イチカの顔がみるみるうちに赤くなっていく。
「・・・っんもー!!チーちゃん!?チーちゃんでしょ!?その話しないでって言ったのにー!」
「かかったな」
「え”!?」
「俺はイチカの友達から何も聞かされていないし、頼まれてもいない。まんまと俺の誘導にハメられたな。俺は嘘をつくのは得意なんだぜ」
「~~~~~~!!!!!!」
「んで?好きな人ってのはどこのどいtほゲェッ!!」
イチカは俺の顔面に枕を投げつけた。
「お兄ちゃんの嘘つき!バカ!アホ!バカ!バカ!!」
「バカって言いすぎ!そんなにバカって言うとお兄ちゃん帰っちゃうよ!?」
「・・・!今日は帰れー!!」
「わかった!今日は帰るかんな!でも明日はまた来るかんな!」
「うるさい!」
俺は枕をイチカのベッドに戻しつつ、帰宅を余儀なくされる展開になったことに後悔しながら、病室のドアに手を掛けた。そしてイチカの方を振り返り、一声かける。
「・・・イチカちゃん・・・。オニーチャン、本当に帰っちゃうよ・・・?」
「明日また来ればいいじゃん!?」
「う、うん・・・なんか、ごめん・・・」
かろうじて、明日のお見舞いを許されたことにホッとしつつも、部屋を出て溜息をついた。本当にバカなことをした。からかいすぎてしまった。追い出されたことがあまりにも寂しかったので、俺はこっそりとドアを開いてイチカの様子を伺おうとした。が、すぐさまそれを察知したイチカから怒号を浴びせられたので、素直に外へと出た。
まるで失恋したかのような心のスキマを埋めるべく、子ピカのいるススキ畑へと向かった。
傷心を癒す手段が他人との触れ合いという点は、母親似のようだ。
ススキ畑では、すぐに子ピカが見つかった。しかし、何か様子が変だった。草むらに身を潜め、何かを伺っているようだった。
「・・・オイ、何してんだよ」
「チャア!?」
子ピカは背後に忍び寄った俺の存在に驚く。そんな無防備になるまで、何を見つめていたのか。
子ピカの視線の向こう側には、メスのピカチュウが居た。歌を歌いながら、両手で器用に野花を結び合わせ、花飾りを作っていた。
「おーう、メスのピカチュウじゃん?・・・・・・わかった。お前、あのメスピカに恋してんだろ」
「チャピカァ!?」
『何でわかったんだ!?』と子ピカ。誰が見てもわかる。
二人でメスピカの様子を眺めていた。するとメスピカは花飾りを作っている最中に、まるで何かを探すように辺りをキョロキョロと見渡し始めた。
「あぁ、花が足りないから探しているんだな。この辺りは全然花が生えないからなー・・・あれだけの花を集めただけでも大したもんだよ」
「ピカチャアァ~・・・」
「お前さ、「いちのるりはな」って知ってる?」
「ピカピ?」
「夏の終わりから秋の始めにかけて、このススキ畑に一つだけ咲くことがあるんだ。赤くてきれいな花だから、一目見ればすぐにわかるよ。その花を好きな人に渡すと、その二人は結ばれてずっと一緒にいられるんだってよ」
「ピッカー!?」
子ピカは目を輝かせて俺を見る。
「まぁ、滅多に見つけられない花だから・・・探すのは大変だけどな。でも、まさに今、その花をあのメスピカに渡せれば、メスピカはお前に惚れちゃうだろうなぁ」
「ピカピ・・・ピカッチャー!」
子ピカは意気揚々とススキ畑の中へと駆け出して行った。「いちのるりはな」を探しに行ったのだろう。
単純な奴だ。
「時期外れだし、そう簡単には見つからないって・・・まったくよぉ・・・」
俺もとりあえずいちのるりはなを一緒に探した。しかし、いくら探しても見つけることはできなかった。
「・・・おーい、俺はそろそろ帰るぞー」
「ピカ・・・ピカッチャー!」
子ピカが振り返り、俺にバイバイと手を振る。そしてすぐに花探しに没頭した。
「ほどほどにしとけよー・・・?」
ススキ畑を出て家路を歩む。途中で子ピカの方を振り返ると、いつまでも熱心に「いちのるりはな」を探す子ピカの姿が見えた。
次の日。俺は学校が終わってから、寄り道せずにイチカのお見舞いに行った。
昨日の件でイチカが機嫌を悪くしたままだとさすがに困るので、イチカの好物のリンゴも買っていった。
俺はあくまで、自然に病室に足を踏み入れた。
「よう、イチカ!ちゃんと今日も来てやったぞ!」
「・・・!お、お兄ちゃん・・・」
イチカは、どことなく気まずさを顕にした。口を尖らせ、目線は斜め下を向いている。
「イチカさん・・・もしかして、まだ昨日の件で怒っているのかい・・・?」
あくまで自然に・・・イチカの気を悪くさせないように、下からの目線で訊ねてみる。(これがなかなか難しい)
「・・・別に・・・・・・」
イチカの目線はやはり斜め下を向いたままだ。漫画の1コマだったら「ツーン」という擬音で表現されているだろう。
「いや、本当に昨日はゴメンよ・・・。ホラ!オニーチャン、イチカちゃんの為にリンゴ買って来ちゃったよ!食べる?」
「え!?りんご!?たべるー!!」リンゴパワーのお陰でイチカは一瞬にしてご機嫌を取り戻してくれた。リンゴにこれほど感謝する日が来ることを、俺は今まで想像したことが無かった。
それにしても、なかなか現金な性格の妹だが、そこがまたイチカの可愛い所でもある。
リンゴと別に買った果物ナイフを駆使し、俺は器用にリンゴを剥いていく。
イチカの大好きなウサギリンゴが次々と出来上がっていく。
「お兄ちゃんはいいなぁ」
「え?なにが?」
「だってさ・・・お兄ちゃんは頭もいいし、スポーツもできるし、リンゴも上手に剥けるし・・・何でもできちゃうんだもん」
「ふふん。まぁな。それに顔もイケメンだしな」
「うん、まぁ。あ、あと歌も上手いよね」
顔のことについて、こちらは冗談のつもりで言ったのだが、中途半端に肯定されてしまい動揺してしまった。そのせいでウサギリンゴの片方の耳を誤って切り落としてしまった。
「そ、それはどうも」
「お兄ちゃん、照れてる?」
「あ、うん、少し」
「あはは!お兄ちゃん、かわいー!」
妹にかわいいと言われて、正直、悪い気はしなかった。しかし、俺は更に動揺してウサギリンゴのもう片方の耳を完全に切り落としてしまった。
「・・・ハイ、リンゴ、キレタヨ・・・」
「一匹だけ耳の無いウサギさんがいるよ・・・」
お前が動揺させたからだよ、と言い返してやりたかったが、「そのウサギさんはクールビズ仕様なんだ」と意味不明な発言でごまかした。
これ以上、イチカに心をかき乱されては困るので、話題を変えてみる。
「なぁ、「いちのるりはな」って花・・・覚えているか?」
「うん!当たり前だよ!お母さんが良く話してくれたよね」
「もうすぐ、その花が咲く頃だな」
「そうだねー。でも滅多に見つけられないんだよねー。
ねぇ、お兄ちゃん。好きな人にその花を渡すとずっと一緒に居られるってジンクス・・・あれ、本当なのかな」
「どうだろうねぇ。単なるおまじないみたいなもんじゃないか?」
「お兄ちゃん、夢がないよ~」
「男はいつだって現実を見る生き物なんだよ」
「なにそれー。あんまりカッコよくないよ・・・。
・・・あ~あ、いちかの足が治ったら、その花を自分で探しに行けるのになー」
「ん、なんだ?「いちのるりはな」が欲しいのか?」
「え、うん、まぁ・・・」
イチカは何か言いたげだったが、口元を濁らせた。
俺はピーンときた。恐らく、「いちのるりはな」をマー君とやらの好きな男子に渡すつもりなのだろう。
イチカは俺に恋愛の話はしたがらない。ここは空気を読んで、あまり詮索しないでおこう。
「俺が探しておいてやるよ。見つけたらイチカにあげるよ」
「それはだめ!」「な、なんで?」
「う、あ・・・。だ、だって、そしたらその花はお兄ちゃんがいちかに渡すことになるじゃん!
いちかが自分で見つけて、自分であげなきゃ意味な・・・、あ、いや、なんでもないっっっ!!」
やはりそうか。好きな男子に渡したいんだな。俺はイチカが口を滑らせて自爆したのをスルーするという、非常に紳士らしい行動を取る。
「そうか。じゃあ咲いてる場所だけを見つけて、足が治ったらイチカをそこに案内してやるよ」
「ぁ、ありがと・・・」
俺は正しい選択肢を選んだようだ。昨日みたいにイチカをからかってやりたかったが、イチカに嫌われてしまう可能性があるので今日は紳士な対応をしておく。それが正解だろう。
それにしても、イチカの好きな男子は誰なんだ・・・兄として、それだけは何としても突き止めておかなければ・・・。
後編に続く
- 2012/12/11(火) 02:01:31|
- ピカ虐(長編)
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