#1の続きです
ぐちゃぐちゃに刺していた。何度も刺していた。
何度も何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も刺して刺して刺しまくった。
俺の中で膨れ上がった黒い感情を、ナイフを持った右手の力へと換えて、それを何度も振り下ろして、刺していた。
「お前が悪いんだ…お前が!お前が!!
お前がああああああああああ!!!!」
俺は今、どんな顔で叫んでいるのかが自分でもわからなかった。笑っているのか、怒っているのか、泣いてるのかすらも。悪魔の顔のパーツをに歪めて、それらを俺の頭にぐちゃぐちゃに当てはめたような、そんな顔をしてるのかもしれない。
なのに、なんで…なんで………なんで…
お前は笑っているんだ。
お腹を何度もぐちゃぐちゃに刺しているのに。おびただしい血が、辺り一面を真っ赤に染めてるのに。なんでお前は笑っているんだ、メスピカ。
俺に刺されているのは、メスピカのお腹だった。お腹だけじゃない。顔も耳も手足も全部刺していた。なのにメスピカは苦悶の顔も見せずに、平気な様子で笑っているんだ。それがまた憎たらしくて仕方が無くて、俺は右手をもっと強く振り下ろした。
「ピカピ!?ピカピィィィ!!?!?」
俺はその鳴き声で我に返った。同時に返るべき我があることに驚いた。声の主は、紛れもない俺のピカチュウだった。
「ピ…ピカチュウ…違うんだ…これは…これは…ぁぁ…!!」
「ピガピイィ!!ピガアァァァァッ!!」
ピカチュウは俺に怒号を飛ばした。今まで見たことの無い激昂した表情で。目には涙を浮かべていた。俺もそうだった。
「ピカピ…ピカピィィ!!ピカアァ…チャアァ…!!」
ピカチュウはメスピカの身体を抱きしめ、泣きじゃくってメスピカの頬の傷を舐めた。
「ぴかぴ…ちゃあ♪」
メスピカは笑ってピカチュウの頬を舐め返した。そして起き上がってピカチュウを抱きしめてキスをした。
ピカチュウは「チャアァ…!」と鳴いてメスピカを強く抱き返し、2匹は幸せそうな顔で何処かへ駆け出していった。いつの間にか、メスピカの傷や血は消えて、元通りになっていた。
残されたのは、俺一人だけになった。
「ピカチュウ…!待って…くれよ……。行かない…で……お、おれ、を………」
全身の力が無くなって、崩れ落ちた俺は、遠くへ消えていくピカチュウに向かって泣き叫んでいた。
「ああああああああああ…!!!ピカチュウ…ピカチュウーーー!!!
うわああああああ!!!!!」
叫びながら目を開けた。天井が見えた。一瞬、頭が真っ白になった瞬間、理解した。「夢だったのか」と。
それでも目からは涙が流れていて、目が覚めても俺は叫ぶのを止めなかった。そうしないと心が壊れておかしくなってしまいそうだったから。いや、もうおかしくなっていたのかもしれない。とにかく泣き叫ぶことしかできなかった。
時間の感覚が狂って、実際には数秒だが、何時間も叫び続けたような錯覚を感じた。黒い塊が俺を包んで押し潰されるかと思った。そこから俺を助け出したのは、部屋のドアを開けて姿を現したピカチュウだった。
「ピカピ!?ピカピーーー!!?」
ピカチュウは俺のベッドに飛び乗り、俺の胸元に駆け上がった。
「ピカピィ!ピカチャア!?ピィカァー!?」
「あ……ぁ………ピカ…チュウ……?」
「ピカピカァ!チャアァー…!!」
ピカチュウは俺の顔に力いっぱい頬を擦り寄せた。
ピリピリと静電気を感じた。それは何故かとても懐かしく、暖かくて、心地よくて…俺はまた思い切り泣いた。
ピカチュウを強く抱きしめた。ピカチュウも俺を強く抱きしめてくれた。
「ピカピィ!ピカピィ…!ピカアァァー!」
頬が濡れるのを感じた。ピカチュウの涙で濡れたんだ。
お互い、言葉は要らなかった。ピカチュウは俺がどうして発狂していたのかを、理解してくれたんだ。だからこうして、抱き締めてくれているんだ。
部屋の入り口で、メスピカが頭だけ出してこっちを見ていた。夢の中で見せた笑顔とは違って、不安げな顔をしている。
俺はピカチュウの頭を撫でて、もう一度抱き締めた。
「ありがとう、ピカチュウ。もう…大丈夫だよ」
「ピカピ…?チャア…?」
「いいよ。ありがとう。ほら、メスピカが寂しがってるぞ。行ってやりなよ」
「チャアァ…ピカ…チュ…」
「うん、ありがとな。ごめんな、心配かけて」
「ピカピ…ピカピカチュ…!」
ピカチュウは最後に俺の頬に擦り寄って、ベッドを降りてメスピカと一緒に部屋を出た。
ピカチュウは、俺のことを忘れていなかった。ちゃんと心の片隅で俺のことを想っていてくれたんだ。さっきまで発狂していた自分が情けなく思えてきた。
ピカチュウは…俺の相棒だ。だったら俺がピカチュウのことを想ってやらなきゃな。ピカチュウは今はメスピカと楽しい時間を過ごしているんだ。俺がその時間を邪魔したらいけないよな。
俺の心の中にあった黒い渦が消えて、晴れ晴れとした気分になるのを感じた。
それから俺は、ピカチュウとメスピカが仲良く過ごすのを暖かく見守ってやることにした。2匹は相変わらず仲良しで、メスピカはピカチュウに甘えて、ピカチュウはメスピカのワガママに戸惑いながらも笑顔でそれを聞いてやったりしてて、本当に幸せそうにしていた。
1つ残念に感じたのは、メスピカはやはり俺には懐いてくれなかった。餌をやるときに呼んでも来ないし、俺が話しかけても無視する。ピカチュウは俺に気を遣って、メスピカが寝てる時に俺のところにやってきてくれたりしたが、メスピカが目を覚ましてそれを目撃すると、彼女は不機嫌な態度をとったりした。
女の子だから嫉妬しちゃうのかな、と俺は仕方なく思っていたけど、少しくらい俺とも仲良くしてくれてもいいのにな、とも思った。
1週間くらいして、メスピカはピカチュウに「新鮮な酸っぱい木の実が食べたい」とワガママを言い始めた。ピカチュウは張り切ってトキワの森へ木の実を採りに行った。
俺も一緒に行こうとしたが、メスピカはそれを嫌がるだろうし、ピカチュウの面子も立たせてあげようと思ったので、メスピカと一緒に留守番をした。
メスピカはあの晩、ピカチュウと一緒に重なってた部屋でお腹を擦ったり、昼寝をして待っていた。
そういえば最近、彼女は太った気がする。お腹なんて一回りくらい大きくなった。その時、俺は良いアイディアを思いついた。
メスピカのために、花飾りを作ってあげようと思ったのだ。可愛い彼女にならきっと似合うし、花に興味を持ったらピカチュウと一緒に外に出て遊ぶ機会も増えるはずだ。そうしたら少し痩せるかな。(彼女には失礼だけど)
俺は家の周りにある野花を摘んで花飾りを作った。結構、簡単に作れるもんなんだ。
花飾りを後ろ手に、メスピカの部屋に入った。彼女を驚かせたり怖がらせないように、優しい声で話しかけるよう気をつけた。
「お〜い、メスピカちゃん」
「…………ぴ?」
しまった、寝起きで少し機嫌が悪そうだ。ピカチュウが帰ってきた時に渡せば良かったかな。仲良くしたい気持ちのせいで先走ってしまった。
「寝てる時にごめんな…!ほら、見てくれよ!可愛いメスピカちゃんに似合うと思って、花飾りを作ったんだ。可愛いだろ?」
「…………」
メスピカはそっぽを向いた。全然興味が無さそうだ。さすがにちょっとこれにはムッときたぞ。でも落ち着かなきゃ。昼寝の邪魔をしたこっちが悪い。ピカチュウも最初はこんな感じだったっけな…。大丈夫、必ず仲良くなれるはずだ。
「香りが良い花で作ったからさ、匂いだけでも嗅いでみてよ。これを付けたらピカチュウだって君にもっとメロメロになるよ」
そう言って横たわっているメスピカの顔の近くに花飾りを置こうとした瞬間だった。
「ぴぃがあぁちゃあぁぁぁーーーっ!!!」
「うっあッ!?痛ッ!ッああああ!!!」
メスピカは俺の手に思い切り噛み付いた。痛みで俺はパニックになった。今までピカチュウはおろか、ポケモンに噛みつかれたことなんてなかったのに。
「ぴがぢゃあぁっ!!!」
俺が床に落とした花飾りを俺に蹴飛ばすメスピカ。
「ああっ…!なに、するんだよ…ッ」
床に膝をついた状態で花飾りを拾おうとした瞬間、身体のバランスを崩し、目の前にいたメスピカに向かって前のめりに倒れてしまった。
「っちゃあぁぁぁっ!!!」
俺はとっさにメスピカを押しつぶさないように両肘をついて倒れた。四つん這いになった人間に覆いかぶさられたメスピカは恐怖を感じて、叫んだ。
「っぴぃ!!ぴかあーーーーーー!!!
ちゃーーーーーーあああ!!!
ぴかちゃあぁぁぁぁぁ!!!」
俺は焦って体を起こそうとした瞬間、背後でもう一つの鳴き声が聞こえた。
「ピカピ!?ピカピィィィ!!?!?」
木の実採りから帰ってきたピカチュウだった。最悪な状況を見られてしまった。
「ピガピイィ!!ピガアァァァァッ!!」
ピカチュウは俺に怒号を飛ばした。今まで見たことの無い激昂した表情…いや、違う。一瞬、俺はデジャヴを感じた。一週間前に見た夢が鮮明に蘇った。ピカチュウのあの時の叫び、表情がそのまま再現されたようだった。ピカチュウは目に涙を浮かべていた。
「ピカピ…ピカピィィ!!ピカアァ…チャアァ…!!」
「ピ、ピカチュウ…違うんだ…これは…これは…あぁあ…!!」
「ぴかぴー!!ぴいかぁーーーっ!!」
メスピカは俺の身体を抜け出し、ピカチュウの背後へ回って泣きついた。
「ぴかぴかちゅ!ぴかぴっかぁ!
ぴかちゃあぴかちゃあぁ!!!」
「ピガピィ!?ピガヂューーーッ!!!ピガァァァァ!!!」
「ピカチュウ!!落ち着いてくれ!!俺はメスピカにはな」
「ヂューーーーーッ!!!!」
ピカチュウに身の潔白を訴えてる最中で、俺は腹部に激痛を感じ、吐瀉物を噴出した。
ピカチュウが俺にアイアンテールを喰らわせたのだ。
手加減したのだろうか…そんなことはわからない。今までピカチュウは俺にこんなことしなかったから…。
壁に激突し、床に落ちて俺はもう一度吐いた。
「ピガピイィ!!ヂュアァァァ!!ピガアァッ!!!
ヂューーーーーッ!!!!」
ピカチュウは俺にそう言って、メスピカと部屋を出た。
俺は以前と同じ、負の感情が自分の心を包むのを感じた
。当たり前のように涙を流した。腹部から発する激痛が心にまで響いてくる。
なんで…こうなるんだ………。
気を失って数時間後、吐瀉物の臭いにまみれて一人、目を覚ました。
…後日、調べてわかったことだが、メスピカはピカチュウと重なったことによってお腹に卵を孕んでいたらしい。ポケモンのカップルはメスが卵を孕むと、オスは本能的にメスと卵を守る為に気性が荒くなるという。だからあの時、俺がメスピカを襲っていると感じたピカチュウはアイアンテールを喰らわせたのだろう。
ピカチュウとメスピカは野生のポケモンに襲われるリスクを避けるためか、この家を出ていくことはしなかった。
しかし、メスピカはどんどんお腹が大きくなっていくのと同時に「ピカチュウは気性が荒くなる」というレベルを超えて凶暴性が増した。家の中で俺の気配を感じるとグルグルと狂犬のように唸り、今にも俺に襲いかかってきそうだった。
もう以前までのピカチュウの面影はこれっぽっちも無かった。もう俺達は元通りになれないのだと感じるくらいに。俺はまた、一人になってしまった。毎晩、孤独感に襲われて頭がまたおかしくなりそうだった。
俺はただメスピカとも仲良くなろうとしただけなのに。それを拒んだメスピカが悪いのに…。
そうだ…そうなんだ………
メスピカが…【悪い】んだ…
あいつが居なければ、俺とピカチュウは元のまま…一緒に居ることができたのに…
あいつさえいなければ………
俺は、恐ろしいことを思いついた。
でもそれは、正しいことなのだと自分に言い聞かせた。
自分とピカチュウの絆を取り戻す為の、唯一の手段なのだから。
#3に続く
- 2015/06/15(月) 02:06:15|
- 鬱系
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